言葉にできない状況

1945年8月6日午前8時15分広島市に原爆が投下され、1945年8月9日午前11時2分、長崎市に原子爆弾が投下され、1945年8月15日は終戦記念日です。
毎年、記念番組などを見て状況を知るのですが、毎年、感じ方が微妙に違うように思います。

「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」
広島平和記念公園の原爆死没者慰霊碑に刻まれたこの言葉に「なぜ日本人が言うのか?」と違和感を持った年や、これは戦争全般を示している言葉なのかと思い直した年など、「なぜ、こんなことに・・・」という思いが出てきます。
8月6日の広島原爆の日の平和記念式典では、小学生二人が原稿も見ないで立派に平和への誓いをしました。片や、石破総理の追悼の辞ははずっと原稿を見ながらという対照的なものでしたが、最後に「太き骨は先生ならむ そのそばに 小さきあたまの骨 あつまれり」公園前の緑地帯にある「原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑」に刻まれた、歌人・正田篠枝さんの歌を持ってきたことで印象に残りました。

忘れられないように語り継がれていくことが大切だと思うのですが、体験したものでないとわからない「言葉にできない状況」も想像しなければならないのだとつくづく思うのです。

そして、17、18歳の若者が神風特攻隊として、若き命をかけて守ったものは何だったのか、心を引き裂くものがあります。
石原慎太郎のような気骨のある政治家がいない今、毅然とした日本人の魂は世界にどう伝えるのでしょうか?
我々に何ができるのでしょうか?などと考え、自分の生き方にこの思いを崩さず過ごすしかないのかなあと感じています。

関連記事